遙かなるベヒシュタイン4 冴子登場! 子どもにピアノを習わす時の注意点

私は先生との相性が悪く、習うのをやめてしまって長くピアノから離れていた。

そんなこんなしているうちに結婚し、娘ができたのである。
共働きだったので長女は保育園に預けた。いい保育園だったが、その保育園で習い事を教えてくれたのである。絵画教室とピアノ教室だった。
月謝が安く、すぐに飛びついた。
娘は絵画教室がお気に入りだった。先生がとてもおもしろく、授業参観もさせてくれたし、作品を世界児童画コンクールに出品してくれたりした。
そこで娘は賞を取り、ますます楽しくなったようだった。

一方ピアノも習わしたのだが、こちらは先生が厳しく、あまり楽しくなさそうだっが、それでも頑張って続けていた。
はじめての子どもであり、私はとにかく娘に入れ込んでいた。
娘が生まれた時、「世界で一番娘と遊ぶお父さんを目指そう! 」と思い、できる限り時間をとって娘と一緒にいた。
妻のほうが帰るのが遅かったので、保育園のお迎えは私だった。娘は園庭で遊ぶのが大好きだったので、帰るのはいつも最後、園長先生が「もうそろそろ帰ってご飯食べ」と帰宅を促してくれた。

そしてピアノだ、レッスンのある前の日など、必ず時間を決めて私が教えたのだが、本当にアホだった。
ついつい熱が入り、口調が厳しくなる。娘は終わると母親のところにしがみついて涙を流したりしていた。
それを見て、「ああ、今度はきっと優しく接しよう」と思うのに、また声を荒げてしまう。
なんのことはない、前項で偉そうなことを書いていた私は、実は同じような仕打ちを娘にしていたのだ。
このことを思い出すたびに自責の念に囚われ、何度も「ごめんね、ごめんね」と心の中で詫びるのだ。
何故もっと楽しく、優しく、娘がのびのび弾けるように指導できなかったのだろうと・・・
そして、保育園卒園と同時に娘はピアノをやめてしまった。その一因が私にあることは間違いない。
よく言われるとおり、自分の子どもに教えるのは難しいというのを身をもって体験したのだ。

ようやく冴子の登場である。 上の娘とは6歳離れている。
上の娘にも習わせていたのだから冴子にも、と、ピアノを習わせようということになった。
保育園の先生は厳しかったので、今度は別の先生を探そうということで、ある日、調律をお願いしていた人に、「どこか近くにいい先生いませんか? 」と聞くと、「ひとりいます。 」というので、出会ったのが今の先生だ。
冴子3歳、一緒に行ってお話を聞き、体験レッスンを見せてもらった。この先生はいままでの先生とはまったく違う考えをお持ちの方だった。
近現代曲の名手でコンサートも開き、リトミックも教えていて、特に幼児にはまず音楽の楽しさを教えるというスタンスだった。
半分遊びみたいなレッスンがすっかり気に入った冴子は習うことに決まり、週に一度通うようになった。

上の娘はその頃、バスケットなどをやっていたが、冴子が楽しそうに帰ってきて、レッスンの時の話をするので、「ねーねーも1回見に行く!」と言い出した。
前のこともあるので、こちらも喜んで、ある日のこと、上の娘が冴子のレッスンに付いていくことになった。
帰ってきた娘は「私も習おうかなあ・・・」と言ったのである。
否はなかった。自分のせいもあってやめてしまった娘がもう一度習おうといいだしたのだ。私は心から嬉しかった。
こうしてふたりは長きにわたり、ピアノを習うことになった。付き添って行って見ていると、楽しそうで、しかも上達が速い! 「マズイ、このままでは抜かれる! 」
娘にライバル意識を持つ父親もどうかと思うが、ついに私も入門することになったのである。

ピアノを習わす理由はいろいろあるだろうし、親の中には専門家もおられるだろう。確固たるポリシーを持って習わせたりする人もあるだろうが、将来はピアニストにする!なんて思っている人は圧倒的に少数だろう。
平均レベルで見れば、多分大多数の親は、私の友人が言っていたように「女の子やし、ピアノとか習わそうと思うんや」程度のノリ、また別の親戚のように「ピアノやったら頭ようなるゆうやん、そやから習わそう思うね」くらいの動機ではないかと思う。

それなら長続きのコツは楽しさだ、練習嫌いの冴子は次のレッスンまで一度も弾かなかったこともある。それでもレッスンを休むとかやめると言ったことは一度もない。
そしてこのところ言われるように、頭の回転にも影響があったのか、親も舌を巻くような考え方をしていたりする。それがピアノをやっているせいかどうかは定かでないが、少なくともマイナスにはなっていないだろう。

上の娘も冴子も受験期に一旦ピアノをお休みしたが、ふたりともまた習うと言っている。そう言わせるのは間違いなく先生がくれたワクワク体験が、楽しい思い出となって、ふたりの中に住み着いているからだと思う。